原発-0へ、 明日の子どもたちのために

投稿日 2017年6月10日

福島第一原発の視察に行ってきました。

向かうバスから見える仮設住宅の看板の数々、帰還困難区域の風景、人のいない荒れた家々、
立ち入り禁止の看板やバリケード。
誰もいないガソリンスタンド、外食チェーンの店々、そして工場。

道端には、除染土を入れた大きな黒いビニールの山。
時間が止まった街を見る思いがしました。

福島第一原発では、廃炉の為に東京電力他、6,000人もの人が、放射線の危険にもかかわらず、
一生懸命に働いていました。頭の下がる思いでした。

廃炉、賠償で22兆円以上、30年~40年の歳月、6年前の状況を詳しく聞き、5号機原子炉建屋内部へ。
燃料デブリを取り出す壮絶な戦いが始まっています。
取り出せたとしても10万年以上、放射線を出し続ける燃料デブリ(※)を置く場所さえ、
決まっていません。

手袋2枚、靴下2枚、ゴーグル、ヘルメット、そして宇宙服のような防護服を着て、考え続けたことがあります。
それは視察前と変わらぬ思いでした。

~原発-0へ、明日の子どもたちの為に~

人間がコントロールできない原子力という技術、やはり神様の領域なのだと思います。
聖書の「バベルの塔」を思い浮かべます。

経済にあまりにも大きな影響を与えるのならば、即「原発‐0」でなくてもいい。
今の私たちの世代で「原発-0」の道筋をつけるべきです。

〝夢に日付を″
せめて2030年までに本気で「原発-0」へ、強く思いを新たにしました。

※燃料デブリ…原子炉が異常加熱した結果、溶融した核燃料や原子炉構造物、制御棒などが冷えて固まったもののこと。強い放射線を放っており、かつ非常に硬いため、状況を把握することも処理することも難しいとされる。