
年の暮れもおしつまってきた。ここにきて、北朝鮮の金正日総書記の死亡が伝えられるなど、不透明要因がまたできてきた。
2011年、今年はどのような年だったのだろうか。
年の初めに、私はこう書いた。
「2011年は建の年になるのではないか、いや、私たちがそうしなければならないと思う」。
希望を込めて書いたが、現実は厳しい。残念ながら2011年は「建」とはほど遠い年だった。
3月に起こった東北大震災は我々の生活を根底からひっくり返した。福島原発の事故は、科学技術を信仰する我々人類への戒めだったのかもしれない。
だが、震災、原発事故の後に起こったことは人災だ。復興は遅れに遅れ東北の被災地は哀しみと怒りに包まれた。首相が交代したが、民主党政権の政策決定スピードは従来のまま。復興の具体策はなにも決まらず、秋を迎えてしまった。
社会保障と税の一体改革も議論百出の状態。社会保障の抜本改革をやると言っておきながら高齢者負担に手を付けないなど、まさに支離滅裂、一貫性がない。
社会、特に政治が「日本はまだ大丈夫」という空気に包まれているように思えてならない。少しずつ水温が上がっているのに。まさにゆでガエルの状態だ。
いまおもえば、残念ながら2011年は「建」ではなく、「壊」の年だったかもしれない。
市の参与として復興のお手伝いをさせていただいている岩手県の陸前高田市も、復興の道をやっと歩み始めた。
夜明け前が最も暗いという。夜明けを信じて、除夜の鐘を心静かに聞きたい。
よいお年をお迎えください。