
大分県の教育委員会を舞台にした贈収賄事件は、驚きはしなかったがやはり失望した。自らの昇進のために商品券を送る教頭、子どもの教職採用試験に手心を加えてもらうために商品券を送った校長もいた。県議、市議の口利き疑惑と事件は拡大していった。大分県教委は8月29日、不正合格が確認されたとして、08年度教員採用試験(試験は07年)で合格した小中学校などの教諭21人の採用取り消しを決めた。
私は、現在、神奈川県の教育委員に任命されている。神奈川県でも県議の口利き疑惑が持ち上がっている。教育委員会は「すべて調べる」と言っているが、その結果は公表しないという。「なぜ公表しないのか」と聞くと、「全部調べるだけでも一歩前進です」との反論。まさに、話しにならない。
私は、教育委員会を見ていて、職員を半分にできるのではないかと常々考えている。それには、教育委員を現在の非常勤から常勤にする必要があるが、それさえできれば職員は半分でいい。
公務員は本当に、われわれの「公僕」の意識があるのだろうか。
安倍前首相の肝いりで開かれたのが教育再生会議だ。皆さんご承知のように、昨年の突然の安倍氏辞任で、会議は尻すぼみになってしまった。私も会議の委員に選ばれたのだが、印象に残ったのは政治家の逃げの姿勢と、官僚の権益主義だ。言質を取られないように話す政治家、自分の既得権が守られることが大前提の政治家。この人は国のことを考えているのかと首をかしげたくなる官僚も何人もいた。自分たちの仕事をいかに守るか、自分たちの存在感をいかに示すか、そうした官僚の発言は何度も聞かれた。
政治家と官僚はどちらが悪いのか、鶏と卵の話に似ているが、やはり、手をつけるべきは政治家ではないか。政治が悪いから官僚が野放しになる。教育再生会議で総理官邸に通い続けた私の率直な感想だ。
教育の話題をする時、最も大事なのは子どもの視点だ。
今回の大分県教育委員会汚職を見て子どもはどう思うのか。大人はやはりずるいよね、社会はコネ次第だ、こう思う子どももいるだろう。
事件に関わった教職員の罪は重い。