
今日はわが子の自慢を少し書かせていただきたい。
その子の名前はスレイノーイさん。中学2年生の女の子だ。以前この欄でも紹介したが、我々がカンボジアに建てた孤児院「夢追う子どもたちの家」で暮らす子どもの1人だ。
カンボジアの首都プノンペンから車に揺られること3時間半、ポーサット州の赤茶けた大地に孤児院が完成したのは2008年1月のことだった。2月から子どもたちが入園し、3月には開園式も行った。あれから1年、いま55人の子どもたちが元気に孤児院で暮らしている。
孤児院が出来てから私は半年に1回訪れるようにしている。今回、完成して1年が経ち「家になってきたな」という印象を持った。子どもたちが孤児院を自分の家と感じてくれているのが、肌から伝わってきた。
「失望と不安」が「希望と安心」に変わったのだろう。
スレイノーイのご両親はエイズで亡くなり、お姉さんたちが働きながら育てていた。しかしそれでは満足に教育を受けさせてやれない。「頭のいい子なので学校を続けさせたい。孤児院で高校にも行かせて欲しい」と、お姉さんがスレイノーイの入園に賛成したのだ。スレイノーイは期待どおりに努力した。今ではクラスでトップにまでなった。孤児院を応援しているカンボジア元文部大臣のコールペーン氏は、氏が経営するパンニャサ大学の特待生として毎年ひとり、うちの子どもを入れてくれると約束してくれた。子どもたちは大喜びだった。スレイノーイは高校卒業後、日本への留学も可能だろう。「孤児でも自分のように教育が受けられるように、将来は日本とカンボジアの懸け橋になりたい」という夢をスレイノーイは持っている。
※スレイノーイが描いた夢「孤児院で働く自分」
もうひとつ自慢がある。孤児院でイジメがないのだ。信じられないかもしれないが、55人の子どもたちが共同生活していて、イジメがない。みな、これまで極貧の生活を経験してきた弱いもの同士だ。10歳の子が8歳の子の面倒をみ、5歳が3歳の子の面倒をみている。生きていることへの感謝と、弱いもの同士が守り合わなければいけないという気持ちが強いのだろう。
日本で失くしたことが、ここにはたくさんある。
私は彼らから多くのことを学ばせてもらっている。