
「とんでもない国に来てしまった」。
ネパールの首都カトマンズから飛行機で30分、インド国境寄りの街、ヘタウダに降り立ったときの正直な感想だった。政府への抗議のデモで道路は閉鎖され、軍隊の車でやっとバリケードを抜けた。そこでは、約4000人の村人が殺気だった目をして道路に座り込んでいる。鋪装していない山道を1時間走り私たちはやっと目的の村に着いた。
私たち「スクール・エイド・ジャパン」はカンボジアで小中学校・孤児院を建設し、微力ながら社会再生のお手伝いをしている。今春で建設した小中学校は100校を超えた。実はネパールでも学校建設のお手伝いをしており、これまで5校建ててきた。ところが、治安が悪く一度も訪れたことがなかった。今回、政府の支援を得て初めて訪れることが出来たというわけだ。
ネパールでは1996年から、ネパール国軍とマオイスト(ネパール共産党毛沢東主義派)との内戦が繰り広げられていた。
2006年に両者の和平合意が成立し、国連の支援を受けネパール議会選挙も行われた。日本ではあまり報道されていなかったが、国連平和維持活動(PKO)協力法に基づき、日本からも「国連ネパール政治ミッション」(UNMIN)に軍事監視要員6人、連絡調整要員5人が派遣されていた。
スクール・エイド・ジャパンが小学校を建設した村では、村人たちが私たちを大歓迎してくれた。楽器を演奏してくれ、歌声は山に響いた。
村からの帰り道、マオイストの"関所"で通行料を要求された。ネパールの支援者が怒鳴りつけたが、殺気が凄く、結局支援者は通行料を支払った。
いまネパールという国を思うとき、「みな幸せになるためにがんばっているのに、しっかりとした指導者、体制がないばかりに不幸の溝に落ちている」と感じる。
いつの日か、ネパールの国の人々に心からの笑顔が戻って欲しい、そのために出来ることはやっていこう。日本への帰路、改めて心に誓った。