渡邉美樹.net 大人の本気! 情熱は成功への出発点

社会貢献 2008.07.25

無限責任 ~祈り~

※2008年7月25日にワタミグループの全社員向けに送られたメッセージの内容を紹介いたします。

カンボジアという国の実状を知るたびに「深い悲しみ」と「無力」を感じてきた。 学校をつくることが、給食を始めることがまるで「砂に水を撒く」ような作業であると感じていた。
しかし、あるとき一人の少女が給食を食べずに、病気の母と幼い弟・妹に走って持って帰る姿を見て、「砂に水を撒く」作業をやり続けようと決意をした。
「焼け石に水」だっていいじゃないか。一瞬でも石がジュウと音をたてればいいじゃないか。「砂に水」だっていいじゃないか。
一瞬でもその砂が濡れたらそれでいいじゃないか。それで十分じゃないかと自分に言いきかせた。

しかし、今回「孤児院」を始め、今までの自分のスタンスがいかに「甘ったれた」ものかを思い知らされる。
水を撒ける分だけ撒き、撒きたい時だけ撒くことほど楽なことはない。 しょせん自分を守りながらのボランティアである。「自分」を守りながら他人に尽くすことなど簡単である。
「自分」を捨てるところから他人に尽くすことによる「学び」があるのだと「孤児院」を始めて思い知らされた。
小さな音でいいからジュウといわせ続けねばならない。ほんの少しの砂でいいから濡らし続けねばならない。
それは「何があっても」であり、それは「どうしても」である。

先月のグループ報で、スタート32人の孤児のうち一人が、B型肝炎であったことを書いた。他の子は大丈夫だろうかと全員に検査を受けさせる。
お寺から引き取った14歳の「ホーンソトレ」が、B型肝炎陽性と判定される。 しかも、最初に判明した子よりもかなり重いと言う。

一体この国はどうなっているのか。

幼い子どもの15人に一人が、B型肝炎に侵されているというのか。
二人を病院に連れて行き入院させるが、しばらくすると退院をさせられた。
一、治療しても治らない。
一、今緊急を要するほど悪くない。
つまり「自宅療養」をせよと言う。自宅があったら苦労しない。自宅がないから困っている。二人は私たちの子どもである。
この二人の面倒は、親として見る覚悟である。住田事務局長と話し合う。日本から行っている二人の職員が「夢追う子どもたちの家」に戻して欲しいと言っていると言う。
「気をつければ感染しないから大丈夫だ」と言っていると言う。
その時、先日訪問した「家」のあり様を思い出す。皆はだしで走り回っている。
一人の子がころび、足から血を流していた。ひとつの鍋から交替、交替食事をよそう。
大きな声でそのまわりで話をしている子どもたち。
確かにB型肝炎は、気をつければ感染しない病気である。
しかし、何十人もの子どもたちの集団生活の中で本当に「血」や「唾液」を管理できるのか。

住田事務局長に聞く。
「あなたは、自分の本当の子をB型肝炎の子どもたちと共に、あの「家」で生活させることが出来ますか?」
日本から行ってくれている職員の顔、そしてその二人の御両親のことが私の頭をとらえて離さなかった。
「あの二人を引き受けてくれる病院、または施設を探しましょう。お金はいくらかかってもいいから」と指示を出す。
エイズの子を引き受けてくれる施設は見つかったが、B型肝炎はなかった。
政府の要人にも相談をするが、答えは「NO」。
カンボジアではB型肝炎など大したことではないとわかる。
次の手は、二人を元の家に返すこと。一人はおじさん、おばさんの家へ。一人はお寺に。
養育費を毎月渡して、病院にも連れて行こう。それで「親」としての役割が果たせると一瞬考えた。
その時、あの気の弱そうなおじさんの顔と、あの鬼のようないじわるそうなおばさんの顔が頭に浮かんだ。
それより、あのおばさんと生活していたときの、あの子の心の底から脅え暗く沈んだ表情が思い出された。
あの子にとってあの場所は「地獄」だったんだ。
「地獄」から「天国」を見せておいてまた、「地獄」へ行けなどと言えるわけがない。
養育費は使われてしまうだろう。
彼らの行き先の選択肢は「死」か「家」だった。悩むに悩んだ。
経営においてでさえ、こんなに悩んだことはない。

結論
~彼らの為だけの家をつくろう~ と決めた。
幸いとても気のいい病気の面倒も見てあげるよと言う世話係りのおばさんがいると言う。「病院」も「他の施設」も「養い親の家」も「夢追う子どもたちの家」にも置けないのならもうひとつ「家」をつくればよいと考え、二人の為だけの家を建てるか、もしくはおばさんの家に預け、養育費を払うかはこれから検討していくが、いずれにしても彼らを「自分の子ども」として育てると決めた。何か心がスッキリする。
考えれば考えるほど、これ以外の結論はない。

これからの入園条件を理事会で話し合いをする。
~まずは、エイズ・B型肝炎の検査を受けさせる。
その結果、陽性反応が出れば入園を断る~と。
提案がある。
私たちの力は限られている。
その限りある力を有効に使うためには、様々な前提条件の中で活動をした方いいに決まっている。
だから、この条件は正しいと思う。
しかし、しかしだ。
あの四人兄弟の一人がB型肝炎だとわかっていたら、一人だけあの「地獄」に置き去りにするのか。仲のよい兄弟だ。
もし、私たちがそうしようとしたならば、全員来ることを拒むことだろう。
それでいいのだろうか。
今カンボジアには、十万人の孤児がいると言う。
その十万人の内、賢くて、元気な子だけ引き受けて、80人の人生に伴走する。
それはそれで間違ってはいないが、別の答えが顏を出す。
~どうせ80人しか伴走できないんだ。
それならば「縁」に任せて出会う子を大切にしていこう~
その子がB型肝炎なら、それもよし。
その子が賢くて元気ならばそれもよし。
わざわざ病気の子を集める「体力」はないが、病気の子に出会ったのならそれはそれでよしと考えることが正しいのではないかと思う。

今、私の前に「ゴミの山の女の子」=リーマンの写真がある。
一年前とは似ても似つかぬ底抜けの笑顔。
幸せそうな笑顔がそこにある。
~神様からのご褒美~だと思うようになった。
~させてもらっていること以上に神様はご褒美をくれるのだ~
と「孤児院」の一連の流れのなかで初めて気付かせてもらう。
何が何でも目の前の砂だけは、濡らし続けようと決意をするとき、濡れていない砂が目につき出す。
今まで、濡れていないことが当り前と感じていた「乾いた砂」が気になり始める。
世界中の貧困の中で苦しむ子どもたち。
世界中の飢えに苦しむ子どもたち。
世界中の病気に苦しむ子どもたち。
力のない自分には何もしてあげることなどないが、
彼らを思う時「祈る」ことだけは出来る。
「祈り」ってそういうものだったのかと改めて気付かされる。
大学時代から真似ごとのボランティアに関わってきたが、
今回の「孤児院」で多くの気付きがある。
~自分を守っていては「それなり」しか学べない~
~本気になると見えてくるもの感じるものがある~
~本当の「ありがとう」は無限責任の中に存在する~
~目の前の砂を濡らすことから逃げてはいけない~
昨年出会ったプノンペンの孤児院の院長の言葉
~大変です本当に大変です...でも幸せです~
この言葉の意味がようやく少し理解できたことに心から感謝したい。

前へ 次へ ページトップへ