渡邉美樹.net | 大人の責任 子供たちの未来のために

その他 2009.07.02

利他でなく

~まわりよくなれ~
~利他~などの言葉が会社の中を飛び交うとき、強い違和感を感じていた。
それが「ワタミらしい」などと言われると「本当か?」と耳を疑った。
創業25年を迎えた。
25年前は居酒屋一店舗のスタート。
休みなく夕方の4時から朝の7時まで、働きに働いた。
5000万円もの借金を背負い「失敗したら佐川急便に逆戻りだ」の強い危機意識を持ち、働いた。
外食素人の24歳のオーナー店長にとっての店づくりのよりどころは、「もし自分がお客様だったらして欲しいことをお客様にさせていただこう、もし自分がお客様だったらして欲しくないと思うことは絶対にするのはやめよう」というシンプルな考えだった。
一切の妥協なくこの考えをカタチにしていくことで、ワタミグループ一号店はとんでもない繁盛店になっていった。
時は経ち「つぼ八」から離れ、自らの業態をつくるときが来た。
どうしても「手づくり」で商品を出したかった。
「安全・安心」にこだわりたかった。
「季節感」のある商品を出したかった。
そして家族に使ってもらえる店でありたかった。
だから価格を抑えた。
この新しい業態=和民は、日本の居酒屋業界を代表するチェーンに育っていった。
業態和民が急成長の頃、その秘密を探るというTVの密着取材が入った。
約三ヶ月だったと思う。
最初の頃「和民はものすごいCS=『顧客満足』の会社ですね」と言っていたプロデューサーが、最後の方で言葉を変えた。
「渡邉社長は好きでやっているのですね、自分がそうしたいから徹底したサービスをしているのですね」

一号店の頃、頭ではお客様が来なければ潰れて大変なことになるなと考えていても、いざ営業が始まればそんなことはどうでもよかった。
「また来たよ」の声が嬉しくて、
「店長に会いに来たよ」の笑顔が嬉しくて、
ただただお客様に尽くした。
尽くして尽くして尽くした。
相言葉は「奴隷」だった。
自由を奪われ、働かされる「奴隷」ではなく、自らの意志で「お客様の望むことなら何でもやらせていただきたい」と行動する「奴隷」だった。
「本当にいいサービスの店だね、また来るよ」と言われれば、もっといいサービスで喜んでいただきたいと思い、「美味しかったよ、また来るよ」といってもらえば、もっと美味しい商品を出させていただきたいと思い、「今日のトイレの花きれいだね」と言っていただければ、もっときれいな店にしようと思った。

 

何の為に?

売上の為...否、利益の為...否、お客様の為...否。

そう自分の為だった。

「利他」ではなく「利己」だった。

 

「まわりよくなれ」ではなく「自分が気持ちがいい」からそうした。
お客様の「ありがとう」こそが最大の報酬だった。
それは給与よりも遥かに尊い最高の報酬だった。

人間はだれでも一番自分がかわいい。
集合写真を撮れば自分から見る。
ケーキをちょうど半分に分けたとき、受け取った人は必ず自分の方が少し小さいと感じる。
神様は人間をそう造られたのだと思う。
だから「利他」=「自分を犠牲にして他人に利益を与えること」を意識するとき、凡人には嘘やごまかしが必要となる。
嘘やごまかしがあるとものごとは長続きしない。
被害者の意識を持つようになる。
お客様は敏感である。
「利他」で自分と接しているのか、「利己」で自分と接しているのかを容易に見抜かれる。
「ああこの人は無理しているな」と思えば、受ける接客は重くなる。
一方お店で働いている側も、「こんなに尽くしてあげているのに」という被害者意識が顔を出す。

 

ワタミ25年間。
この会社は極めてわがままだった。
好きなことしかやらなかった。
ワクワクすることしかやらなかった。
自分が嬉しいこと、楽しいこと、笑顔でいられること。
そう! 幸福だなあと思うことしかやってこなかった。
だから「ワタミ」だったのだと思う。
「介護」「高齢者向け弁当」「農業」「環境」「発展途上国支援」
時々「いいことやっていますね」と声を掛けていただく。
私は「いいこと」をやっているという意識はない。
そこに「たくさんの笑顔」があるから「たくさんのありがとう」があるから、挑戦を繰り返してきたにすぎない。
私の中に「やってあげている」の思いは千のうち一もない。
「やらせてもらっている」
本当にそう思っている。

 

これからもワタミというグループはそうあり続けたい。
自らの為に戦う集団でありたい。
売上げの為でなく、利益の為でなく、お客様の為でもなく、ただ自らの幸せの為に戦う集団でありたい。

人は何の為に生まれてきたのか。
天童荒太の小説「悼む人」のなかにその答えを見つける。
「だれを愛し、だれに愛され、何をしたことで感謝されたか」繰り返し質問をすることで亡くなった人の人生を小説の主人公は理解していく。
「何をしたことで感謝された人生だったのか」と問い、「何をしたことでお金や名誉や権力を得た人なのか」とは決して問わない。
人は「ありがとうを集める」為に生まれてきたと私は信じる。
そしてその「プロセスの中で人間性を高める為に生まれてきた」と私は信じる。
その為には心が素直でなければならない。
「人の為」でなく「自分の為」にすべての行動を起こしていかなければ人生が澱む。

 

難しく考えなくていい。
仕事は楽しいか、お客様の笑顔は嬉しいか。
御入居者様のおだやかな表情に心からの幸福を感じるか。
カンボジアの子どもたちの楽しく遊ぶ姿に心からの喜びを思うか。
これらの質問に「YES」と全社員が答えるワタミでありたい。
これらのことを幸せと全社員が思うワタミでありたい。


 

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