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介護 2009.05.17

総論・各論

日本は今、不況のまっただなかにある。
昨年末騒がれた「派遣切り」どころの話ではなく、「正規社員切り」さえも企業の生き残りの為に必要な選択肢となってきている。
失業者は増え、昔の「職業安定所」今の「ハローワーク」は盛況である。
そんななか相変わらず「人不足」の業界がある。
その最たる業界が私たちワタミの主戦場のひとつである「介護業界」である。
2019年までに、介護職員は40万人から50万人の増員が必要とされている。
他の介護会社と比べ、人が集まっている「ワタミの介護」で現在約143人の派遣社員の方々のお世話になっているのが現実である。
では何故「介護」に人が集まらないのか。
答えは簡単。
給与が他の業界と比べ、圧倒的に安いからである。
日本の全産業平均年収は425万円。
一方、介護業界の平均年収はそれより100万円以上低いとの調査結果が出ている。
「介護」という仕事が他の仕事と比べ楽か。
決してそうではない。
「心」も「体」もフルに使わねばならない。他の仕事と比べ「厳しい」と言えるも決して「楽」とは言えぬ仕事である。その厳しい仕事にもかかわらず給与が著しく安ければ人が集まらないのは至極当たり前と言える。
ちなみに「ワタミの介護」の平均年収も現在、全産業平均に比べて80万円ほどの差があるが今回の介護保険改正(3%アップ)を受け全社的に福利厚生を充実させ扶養家族を抱える職員ほどに大きく還元する予定だ。
しかしこれも「施設介護」に特化しているからできることであり「訪問介護」では叶わなかったことである。
介護保険は国・自治体と被保険者が折半している保険であるゆえに、介護従事者にもっと給与を払おうとするならば相方の負担を増やせばいい。
しかし相方共に、これ以上負担は増やしたくないと言う。
例を見ない高齢化社会に突入した日本。
独居老人は増え、介護難民は今日本にあふれようとしている。
-だれもが思う-
一生懸命生きてきたおばあちゃんおじいちゃんが幸せであって欲しいと
-だれもが思う-
この日本を創り守ってきた高齢者の方々にとって安心して老後を送ることができる日本でありたいと
-だれもが思う-
おばあちゃんおじいちゃんに笑顔があふれている社会でありたいと
にもかかわらず介護保険をたった3%しか上げない、お金がないと言う。
確かにこの国は大借金を背負っている。
このまま突き進めば、この国の財政は破綻することだろう。
破綻してしまっては元も子もない。
自国通貨が紙同然となることはその国民にとって悲劇であることは歴史が証明してる。
お金がないならないなりに、工夫をすればいい。
ワタミの創業からの呪文を教えよう。
何か困難にぶつかったとき、「あきらめな。方法は無限にある」と自らに言いきかせていつも困難を乗り越えてきた。
介護で働く人に他の産業と比べ100万円以上も安く働いてもらわねばならないのなら、その年収で働いてくれる人を探せばよい。
日本にいないのなら海外から求めればいい。
そんなことはだれが考えてもわかる。
実際、欧米では、海外から働く人を求め、看護・介護の仕事を守っている。
日本もようやく重い腰を上げた。
インドネシアから看護師介護士を受け入れるという。
しかし、その内容を見て「頭に来た」
まさに、それ以外の表現はない。
本当に「頭に来た」
その内容をここに書く。
入国資格
看護師・インドネシアの看護師資格+実務経験2年
介護士・高等教育機関卒業+インドネシアの介護士認定もしくはインドネシアの看護学校卒業
それぞれ非常に高いレベルの資格である。
日本とインドネシアの医療が同水準とするならばこれだけの資格があれば、そのまま日本で働いてもいいぐらいである。
しかし、ここから更に高いハードルが彼らを待っている。
入国後6か月間の日本語等研修。
まあこれは日本での仕事をやりやすくする為に必要なものだろう。
ただ義務付けなくても言葉は自然に身につく。
ワタミの海外で活躍する社員を見てればわかる。
そして次に"滞在期間の制限"というものがくる。
つまり何年以内にこの資格をクリアできなければ、国に送り返すというものである。
看護師の場合3年以内に日本の看護師の国家試験をクリアしなければならない。
介護士の場合、4年以内に、介護福祉士の資格をとらなければならない。
この資格は、日本人で何回も受験する人たちでさえ、半数が不合格となる難関であり、しかも3年の実務経験が必要なため彼らがチャレンジできるのはたったの一回。
しかも試験は日本語。
働きながら日本語と試験の勉強をしてチャンスは一度。
こんな条件を日本で働きたいと思ってくれている海外の方々につきつけている日本という国を恥ずかしいと思う。
まさにこの条件はイジメそのものであり「この日本に入ってくるな!」のメッセージそのものである。
「高齢者の方々の幸せ」
この総論に反対する人はおそらく一人もいないだろう。
なのに何故こんなことが起こるのか。
新聞にこの件で「介護」の業界の人のコメントが載っていた。
-人手不足を解消するには、介護の資格を持ちながら働いていない人が働きたいと思う待遇と環境を整えるのが先決-
要は「自分たちの職場」を守りたいと言っている。
各論は「自分が損することはやだ」
このコメントはもっともらしく聞こえるがそれが出来ないから困っているのに全く自分のことしか考えぬ無責任な発言である。
最近「頭に来ること」が多くなってきた。
総論と各論が違う、そのことを正当化しようとする。
「自分の損得から離れて考えてごらん」
そうすれば必ず正しいあるべき姿が見えてくる。
「大きな損得を考えよう」
-幸せは、自分だけのものじゃなく、隣りの人と共にある-
そのことさえわかれば大きな損得のなか、総論と各論をいっしょにした生き方ができる。
ワタミは常に総論と各論がいっしょのグループであり続ける。
「頭に来る」たびにそう強く決意する。

 

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